研 究
生体触媒に学ぶクリーンで環境に優しい酸化触媒の開発
我々は、生体触媒、とくに活性中心に遷移金属イオンを含む金属酵素の機能解明と触媒化学的応用をめざして研究を展開しています。ターゲットとする金属酵素は、活性中心に鉄(Fe)や銅(Cu)を含む酸素添加酵素やモリブデン(Mo)やタングステン(W)を含む酸化還元酵素です。鉄(Fe)や銅(Cu)を含む金属酵素(金属タンパク質)は、空気中の酸素と結合して、それを体の隅々まで運んだり、結合した酸素を還元的に活性化(電子とプロトンを注入)して(式1)、様々な有機化化合物を酸化して有用な化合物に変換したり、分解して体の外へ排出したりする役割をになっています。一方、活性中心にモリブデン(Mo)やタングステン(W)を含む金属酵素は、水を酸化的に活性化して(電子とプロトンを引き抜いて)、色々な有機および無機基質への酸素原子移動反応を行っています(式2)。このような反応は、非常に安価な分子状酸素や水を酸素源としているため、有害な副生成物を出さず、非常にクリーンで環境に優しいものとして最近特に注目を集めています。我々はこのような金属酵素に含まれる反応活性種の構造や物理化学的特性(分光学的特性、磁気的特性、酸化還元電位)および反応性の解明を行うとともに、金属構想のこのようなストラテジー(戦略)を応用した新しい触媒の開発をめざしています。

(S:基質、SO:酸化生成物)
このような目的を達成するために、我々の研究室では、有機合成化学的手法を駆使した新しい配位子のデザインと合成、錯体合成化学的手法を用いた錯体の合成、各種分光学的手段(紫外可視、赤外、共鳴ラマン、蛍光、X線結晶解析、NMR、ESRなど)を利用した構造や物理化学的特性の評価、および電気化学や速度論的検討による反応機構の解明などを行っています。また、モデル錯体を用いた研究に止まらず、実際の酵素やタンパク質を用いた生化学的研究も行っており、ここでは最新の分子生物学の手法(遺伝子工学)を駆使したタンパク質(酵素)の設計と機能解明および機能創成などについて研究を展開しています。

1.遷移金属−活性酸素錯体の創成と反応性の精密制御および応用

様々な配位子を用いて銅の活性酸素錯体を調製し、それらの構造、分光学的特性、および反応性について詳細に検討しています。現在までに、単核銅の(Superoxo)copper(II)錯体Aや(Alkylperoxo)copper(II)錯体B、二核銅の(μ-η2:η2-Peroxo)dicopper(II)錯体CやBis(μ-oxo)dicopper(III)錯体D、さらに混合原子価のBis(μ3-oxo)tricopper(II,II,III)三核銅錯体Eなどの調製に成功しています(図1)。このような活性酸素錯体は、銅の一価錯体と分子状酸素との反応、あるいは銅の二価錯体と過酸化物との反応で合成します。これらのいくつかは銅−活性錯体は銅タンパク質(銅酵素)の活性中心に存在し、酸素の運搬や、各種基質の酸化反応に関与していると提唱されており、酵素系でも活発に研究が行われています。また、銅を触媒とする様々な有機合成反応の酸化活性種としても機能していと考えられており、実際に図2に示したような様々な反応を誘起することがわかっています。我々は、これらの反応の詳細な機構を明らかにし、触媒開発のために必要な情報を提供してきました。


図1.遷移金属活性酸素錯体



図2.銅−活性酸素錯体による酸化反応

さらに、ニッケルの二価錯体と過酸化水素との反応により銅錯体Dと類似の二核ニッケル(III)-活性酸素錯体Fを合成し、中心金属の役割効果や役割を明らかにしました。またニッケル錯体を触媒とするアルカンの効率的な水酸化反応系の開発にも成功し、有機合成化学への応用の可能性を示しました(図3)。さらに最近ではオスミウム錯体を触媒とするオレフィンの高効率・高選択的cis-ジオール化反応(生成物の収率:定量的、りったく選択性99%以上、触媒の回転率1000回以上)の開発にも成功し、反応機構の詳細を明らかにし、有機合成への応用を検討しています。

図3.ニッケル錯体を触媒とするアルカンの水酸化反応

現在、各活性酸素錯体の反応性の精密制御をめざした配位子の設計や、中心金属の拡張、および新規な活性酸素錯体の創成に取り組むとともに、得られた各種活性酸素錯体を利用した触媒反応の開発について検討しています。


2.遷移金属カルコゲン錯体の合成と反応性

 生体系において水、硫黄、セレンを利用して触媒反応を司っているモリブデンやタングステン酵素の反応中心の精密モデル化と機能解明をめざして錯体化学的研究に研究を展開しています。現在までに、酸素原子引き抜き反応を応用した金属-オキソ錯体の合成や、中心金属の電子移動能を利用して水分子由来のオキソ基を導入した金属錯体の合成を行い、その生成機構や各オキソ種の酸化還元挙動や基質の酸化活性などを系統的に調べています。本研究では特に酵素の活性種を精密にモデル化するため、配位子として各種ジチオレン誘導体を用いて検討しています。また、類似の戦略を用いて、スルフィド錯体やセレニド錯体を系統的に合成し、反応性を明らかにするとともに、電子状態の解明を行い反応性との相関関係の解明をめざしています。


図4.モリブデンおよびタングステンのカルコゲン錯体
(M = Mo, W; L = ジチオレン配位子)


3.金属酵素の機能解明と人工酵素創成への展開

 二核の銅活性中心を有する一原子酸素添加酵素チロシナーゼの詳細な反応機構の解明や、同様の二核銅中心を有する酸素運搬酵素ヘモシアニンの酸化機能発現と酸化触媒への応用について検討を行っています。
 さらにそこから得られた情報やモデル化学で得られた情報を基にして、亜鉛酵素などを金属結合鋳型として用い、遺伝子工学を駆使した人工金属酵素の創出(図5)について検討を行っています。例えば、加水分解酵素として機能している金属ラクタマーゼの亜鉛イオンを銅イオンに置換し、活性中心部位に存在するアミノ酸残基の幾つかを置換(ミューテーション)することにより、本来にはない酸化機能が発現し、フェノールなどの酸化触媒として機能することを見いだしました。



図5.タンパク質を配位子とした人工酵素の創製
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